2016年2月28日日曜日
2016年2月28日 ハシタカくんはYoutuber?!
くもんの教室の先輩で、同じ学区の中学校の1年生であるハシタカくんは、時々Youtubeに動画を投稿しているそうです。でもハシタカくんは、くもんの先生にはそのことをナイショにしているそうです。ぼくと二人きりになると、よく動画のことを話してくれます。
ハシタカくんはこのように言います。
「いま、学校で動画有名になっちゃってさ、ソフトテニス部の先輩にもめっちゃホメられてさ、今度俺のこと撮影してくれって頼まれてんだよ」
「僕もその動画見たいよ」
「いいからいいから、そんな見るもんじゃないし、恥ずかしいし」
ハシタカくんは手をひらひらさせて、謙遜するように、いたずらっぽい笑顔を見せます。
この前、4時前にくもんの教室に行ったら、ハシタカくんが教室の前で腕組みをして待ち構えていました。右手の人差し指にデジカメの紐をぶら下げています。「ちょっと動画撮るから、カメラマンしてくれない?」
ぼくは、ハシタカくんに協力できるのが嬉しかったので、「いいよ」と言いました。ハシタカくんは「きみは素晴らしい」といって、ポケットから取り出したどんぐりガムを1つ僕にくれました。
ハシタカくんは、ぼくを近所の公園に連れて行きました。それは、くもんの教室から30メートルくらいしか離れていない小さな公園で、Googleマップで調べると「ラムサール第三公園」という名前です。
その公園では、一人の男子が、ブランコで立ちこぎをしていました。髪が長くて、目が隠れており、全身黒いジャージを着ていました。ハシタカくんが「うっす」というと、その男子も「おう」と言って、ブランコからジャンプして飛び出ました。
その男子はそのまま、ブランコの周りを囲んでいる手すりにぶつかりました。「ゴン」と金属の震える音がしました。男子は右足のスネを押さえて地面にうずくまり、黙ってゴロゴロとのたうち回りました。
ぼくは「あっ」と思いましたが、知り合いでもなんでもないので、どうしたらいいかわからず、ハシタカくんが呆然と目を見開いているのを眺めていました。ハシタカくんは「アクシデント、やばいやばい」と言って、「カタハシ大丈夫か」と男子に駆け寄りました。その男子はカタハシというようでした。
カタハシくんは歯を食いしばって、「フー、フー」と息を漏らしていました。ちょっと涙を流しているようです。ハシタカくんは「やばい、骨が折れてる」と、顔面蒼白になりながらつぶやき、ぼくに「カメラ回して、カメラ」と言いました。ぼくは、カメラのカバーを取り外しましたが、録画の仕方がわかりません。
「録画ってどうすればいいの」
「ちょっと貸して」
ハシタカくんはカメラをひったくって何かの操作をして、ぼくにそれを手渡しました。ぼくはカメラを構えました。RECボタンがONになっています。ハシタカくんがしゃべり始めました。
「カタハシ大丈夫か、カタハシっ」
カタハシくんのジャージは、公園の砂にまみれて茶色になっています。涙のあとに砂がついて、目のあたりは黒く汚れています。カタハシくんは声を絞り出すようにして、「まじちょっと待って……」とつぶやきました。
ハシタカくんはカタハシくんのそばに片膝立ちしながら、「ちょっと今、えー、カタハシが負傷しました」と、カメラ目線で、リポーター口調に叫びます。ぼくはそれがおかしくて、つい「ぶっ」と吹き出してしまいました。
「おいちょっとオマエ笑うなし」とハシタカくんはキレ始めました。「ごめん」とぼくは真面目な顔をしました。カタハシくんは相変わらず右足を押さえながら、「おい、ハシタカ、やめろって、カメラ止めて」と、余裕がなさそうにつぶやきます。
ハシタカくんは「これスクープだから」と言って、「おい、カメラ止めるなよ」とぼくに叫びました。「おいっ、カタハシ大丈夫かっ」「いまそんな気分じゃないから」「傷見せてみろ」「やめてって、傷とかないから、打撲だから」「救急車、救急車」
「だまれ」と言って、カタハシくんは横に寝転がりながら、ハシタカくんの左足を強く蹴りました。ハシタカくんは「痛った」と尻餅をつきました。
「撮るなっつってんじゃん。オマエ人の気持ちわかんないわけ」とカタハシくんはハシタカくんをにらみました。ハシタカくんは「オマエの気持ちってなんだよ」と言って、コブシでカタハシくんの右スネを小突きました。
「テメェこの野郎」ついにハシタカくんとカタハシくんは取っ組み合いのケンカを始めてしまいました。ぼくはやばいと思い、カメラを地面に置いて二人に駆け寄りました。
二人は無言で取っ組み合い、お互いの顔に「ブーッ、ブーッ」と唾をかけあっていました。「汚いからやめて!」と僕は二人を引き離そうとしましたが、メガネにまで唾のかかってレンズを白くくもらせたハシタカくんは、「うるせえ」と僕にも唾を吐き掛けました。
「うわっ」と言って、僕は公園の水道に顔を洗いに行きました。二人はケンカをやめ、二人で地面にあぐらをかきながら、お互いの顔は見ず、ハアハアと息を吐いていました。ハシタカくんは泣いているみたいで、鼻を真っ赤にして、鼻水をすすっていました。
僕はくもんに行かなければならないことを思い出しました。カメラを地面から拾って電源を切り、ポケットに入れていたカバーに戻し、ハシタカくんに手渡そうとしました。でも、ハシタカくんは泣いているので、そのそばにカメラをそっと置きました。僕はそのまま教室に行きました。
時間は4時すぎになっていました。みらい先生は答案の丸付けをしながら、「遅いね」と面白くもなさそうにつぶやきました。ぼくは「ごめんなさい」と頭を下げてから、ハシタカくんの名前を出すのはまずいかなと思ったので、「ちょっと友だちと遊んでて」と言いました。先生は「ふーん」と言いました。怒ってはいなさそうだったので、よかったと思いました。
その日の6時前に、ハシタカくんがやってきました。みらい先生のくもんの教室は、3時から6時が幼稚園・小学生の時間、7時から10時が中高生の時間と決まっています。でも、ハシタカくんは早めに教室に来ることが多いのです。
ハシタカくんは、服に少し土ぼこりが付いていましたが、ケロっとした顔をしていました。ぼくは、ハシタカくんにどんな顔を向ければいいかわかりませんでした。先生に答案を提出したあとに、ハシタカくんの座る席に言って、「大丈夫だった?」と小声で聞きました。ハシタカくんも小声で、「大丈夫、ありがと」と言って、右手でぼくの肩を叩きました。ハシタカくんは笑っていましたが、目はまだ赤らんでいるみたいで、かわいそうだなと思いました。
でも、あれからどうなるか気になったので「今度動画見せて」と言ってみました。ハシタカくんは「やだ」と言いました。「でもカメラマンしたじゃん」というと、「あとでどんぐりガム3個あげるから」と言うので、僕は「約束だよ」と言いました。
でも、本当は動画を見てみたいなと思ったので、あとでYoutubeでハシタカくんの動画を探してみました。試しにハシタカくんの本名で検索をかけてみると、なんと、ハシタカくんの本名そのままのYoutubeアカウントを発見してしまいました!なんだか、見ちゃいけないものを見つけてしまった気になりました。
ハシタカくんのアカウントには、10個くらいの動画がアップロードされていました。『【閲覧注意】カマキリのメスの腹を切り裂いてみた!【グロ注意】』(視聴回数314、高評価1、低評価2)とか『私の恋愛遍歴~小学校1年から小学校3年編』(視聴回数421、高評価3、低評価0、コメント3)、『「バケモノの子」感想【細田守はジブリ超え】』(サムネイル画像はバケモノの子パンフレット、視聴回数513、高評価3、低評価0、コメント数3)などがありました。アカウントのチャンネル登録者数は11でした。
ハシタカくんは本当に動画をアップロードしているのです!しかも、視聴回数もかなりあるのです!なんだか、くもんの教室で見せるハシタカくんのイメージが崩れてしまうのが怖かったので、僕は動画は見ませんでしたし、ハシタカくんに話してしまうつもりもありませんが、ハシタカくんはすごいなと思いました。
でも、今回撮影しようとしたビデオが何なのかは、よくわかりませんでした。ぼくが撮った動画も見つけられませんでした。もしかしたら、対談の形式で、恋愛遍歴の小学4年生~小学6年生編を作ろうとしていたのかもしれません。
ハシタカくんには才能があるなと思いましたが、でも、同時になんか悔しいなと思い、胸が痛みました。
まあいいや。
おわり。
2016年2月21日日曜日
2016年2月21日 アリエルくんとアリエーヌちゃんの帰り道
この前、学校の帰り道にアリエルくんとアリエーヌちゃんと一緒になりました。いつも一緒に帰ることはありませんが、今日みたいに偶然会うと、なんとなく二人で帰るみたいです。
アリエルくんは、緑色のランドセルの上に、薄緑色のナップザックを背負っています。中には体操服が入っています。また、今週給食当番で、今日は金曜日だったので、今、アリエルくんの右腕には、給食着袋の細いひもがにぎられています。一方アリエーヌちゃんは、ピンク色のランドセルを背負って、右手には四角い手提げ鞄を持っています。そのバックからは、リコーダーが飛び出しているのが見えます。高学年になると、リコーダーはあまり使いませんが、アリエーヌちゃんはたぶん、3学期の終わりに行われる、学校の保護者発表会の出し物で、リコーダーを使うのかもしれません。
アリエーヌちゃんの頭の中には、いつも他人への不満がうずまいているようです。ぼくは、二人の会話を聞いていました。
「うちのクラスの女子はファッションに関心のない子多すぎ。他の子が何で判断されるのかって見た目じゃん。髪の毛とかボサボサなの理解できない。」
「うん」
「あと男子はバカ多すぎ。先生はいつもニコニコしてるだけで不良の子とかぜんぜんしれないからクラス学級崩壊ぎみだし、ほんとあんなこと通うのやだ」
「ふうん」
アリエーヌちゃんの担任は若い女の先生で、全校集会とか学校の行事とかで会います。背が高くて、痩せていて、いつも黒い服を着ています。ちょっと神経質そうで、でも穏やかで優しそうです。アリエーヌちゃんがその先生の悪口を言うので、びっくりしました。
アリエルくんはただアリエーヌちゃんの話にうんうん頷いています。でも、あまりアリエーヌちゃんの話に興味がありそうではありません。
「見て見て、ミサンガ」アリエーヌちゃんはぼくに左の手首を突き出しました。青や、赤や緑のカラフルなミサンガが、5本ぐらいグルグルと付けられています。すごい量です。「どう?」
「すっげー。ぜんぶ、違うお願いごとをかけてるの?それとも、1つの強いお願いごとがあるの?」
「違う願い事かけてるよ」アリエルくんが代わりに答えました。「絶対多すぎだよ」
「アリエル関係ないじゃん」と、アリエーヌちゃんはアリエルくんをにらみつけました。本人は、目の前で青から赤に変わる歩道の信号を見つめています。
「家でも仲いいんだろうね」
「えっ、ありえない」アリエーヌちゃんはすぐに首を振りました。アリエルくんはうつむいて黙っています。その時、後ろからアリエーヌちゃんの友達たちがやってきました。「エーヌちゃん♡」「あっチホちゃん♡」アリエーヌちゃんはぼくたちには何も言わずそのままグループに入り、信号は渡らず話しながらどこかへ行ってしまいました。
ぼくとアリエル君二人だけになりました。信号が青に変わったので歩き始めました。あまり話すこともありません。
「アリエーヌちゃんは家でもおしゃべりなの?」
「あいつ外だとテンション高い」とアリエルくんは言いました。「マンガ読んだりゲームしたりしてる、普通だよ」
「ふうん」そういうものなのかなと思いました。
しばらく進むとイルカ公園の前でアリエルくんが、「ここで曲がる」というので、「じゃあバイバイ」といって別れました。
二人が家の中で一体どんな感じなのか、あまり想像がつきませんでした。
まあいいか。
おわり。
2016年2月14日日曜日
2016年2月14日 ところでブラックデーをご存知ですか。
今日はバレンタイデーです。でも日曜日なので、学校でチョコが出回るのは明日になるでしょう。でも、この前の金曜日にも、チョコを配っている女子はいたりしました。
ぼくはチョコを3つもらいました。まず今日、おかあさんから1つ、神奈川に住むおばあちゃんから宅配便で送られてきたのが1つ、木曜日にくもんの先生から生徒全員に配られたチョコが1つです。
ところで、ぼくには好きな女の子がいます。名前は恥ずかしいので言えません。〇〇ちゃん、つまりまるちゃんと呼びましょう。まるまるちゃんは金曜日の朝から、友達と友チョコをたくさん交換しあっていました。ぼくはそれを横目で見つつ、まるまるちゃんがこっちに来ないかなと期待していたのです。
でもまるちゃんは他の男の子にチョコあげたみたいです。その男の子は山形くんと言って、サッカーがうまくて背が高くて、頭が良くて話しがうまくて、人気者なのです。田山くんや山田くんとも仲がいいのです。義理チョコらしいのですが、ぼくはショックでした。ちょっと安易すぎるんじゃないかなと思いました。
でも、あとで風の噂に聞いた話だと、まるまるちゃんは他に、なんだか他の学校の幼馴染の男の子に本命のチョコをあげるんだと聞きました。まるまるちゃんは安易じゃなかったんだ。やられたな、とぼくは思いました。
それにしても、バレンタインデーなんて、外国の習慣なのに、みんなこぞって浮かれちゃって、ちょっと単純すぎるんじゃないかなともぼくは思いました。
でも、それはぼくが本命チョコをもらっていないのがいけないのであり、もしももらったら、バレンタインデーは最高という感じになるでしょう。
ところで、この前の木曜日にくもんの先生が言っていたのには、韓国も、バレンタインデーは女の人が男の人にチョコを贈る日なのですが、韓国には、バレンタインデーやホワイトデーに縁のなかった人たちが、4月14日にみんなでジャージャー麺を食べたり、ブラックコーヒーを飲んだりする、「ブラックデー」という日があるんだそうです。くもんの先生は、私は今配ったから縁あるけどねと言ってケラケラ笑っていました。
ブラックデーが日本で流行ったら面白そうだな。
おわり。
ぼくはチョコを3つもらいました。まず今日、おかあさんから1つ、神奈川に住むおばあちゃんから宅配便で送られてきたのが1つ、木曜日にくもんの先生から生徒全員に配られたチョコが1つです。
ところで、ぼくには好きな女の子がいます。名前は恥ずかしいので言えません。〇〇ちゃん、つまりまるちゃんと呼びましょう。まるまるちゃんは金曜日の朝から、友達と友チョコをたくさん交換しあっていました。ぼくはそれを横目で見つつ、まるまるちゃんがこっちに来ないかなと期待していたのです。
でもまるちゃんは他の男の子にチョコあげたみたいです。その男の子は山形くんと言って、サッカーがうまくて背が高くて、頭が良くて話しがうまくて、人気者なのです。田山くんや山田くんとも仲がいいのです。義理チョコらしいのですが、ぼくはショックでした。ちょっと安易すぎるんじゃないかなと思いました。
でも、あとで風の噂に聞いた話だと、まるまるちゃんは他に、なんだか他の学校の幼馴染の男の子に本命のチョコをあげるんだと聞きました。まるまるちゃんは安易じゃなかったんだ。やられたな、とぼくは思いました。
それにしても、バレンタインデーなんて、外国の習慣なのに、みんなこぞって浮かれちゃって、ちょっと単純すぎるんじゃないかなともぼくは思いました。
でも、それはぼくが本命チョコをもらっていないのがいけないのであり、もしももらったら、バレンタインデーは最高という感じになるでしょう。
ところで、この前の木曜日にくもんの先生が言っていたのには、韓国も、バレンタインデーは女の人が男の人にチョコを贈る日なのですが、韓国には、バレンタインデーやホワイトデーに縁のなかった人たちが、4月14日にみんなでジャージャー麺を食べたり、ブラックコーヒーを飲んだりする、「ブラックデー」という日があるんだそうです。くもんの先生は、私は今配ったから縁あるけどねと言ってケラケラ笑っていました。
ブラックデーが日本で流行ったら面白そうだな。
おわり。
2016年2月7日日曜日
2016年2月7日 最後は女子と過ごしたい?
この前の話です。その日は雪がちらほらと降っていて、積雪もあり、くもりでした。僕は、いつものように学校に行きました。3時間目の授業は体育でした。ぼくは、体操着に着替えて、赤白帽をかぶって、友達と一緒に体育館に行きました。
体育館は、とても壁が薄いです。穴が開いてしまいそうなほどだと思います。体育館は、なんだが木材と汗の混じったような、すえた臭いがします。
でも、津波の時に、体育館は果たして流されたのでしょうか。よくテレビなどで、家が流されている、ひどい様子を見たことがあります。だったら、体育館も同じように、プカプカ水に浮いていても、おかしくはないのではないでしょうか。
実際に調べてみると、あまりそういうことはないみたいでした。でも、きっと条件が重なれば、体育館は浮くのではないでしょうか。まず、体育館は、他の部分と繋がっていてはいけません。コンクリートで通路とかとつながっていたり、あとは基盤の部分が地面と固定されていたりすると、体育館は浮かないでしょう。また、体育館の扉や窓は締め切って、隙間をガムテープなどで閉じるなどして、水の入ってこないようにする必要があるでしょう。こうすることで、体育館は水に浮かぶはずです。
体育館に、僕たち1クラスぶんがまるまる取り残されたまま漂流してしまったら、一体どうなるだろうと考えました。まず、仲のよい人同士が固まって、それぞれに基地のようなものを作るでしょう。多分、暖房やマットの奪い合いになると思います。タニシ先生はみんなを束ねようとしますが、たぶん女子にキモいといわれて、しょうがないので良い子の多いおとなしめの男子のグループに入りつつ、みんなのことを見守るでしょう。
そのあとは、飢えとの戦いになるでしょう。男子たちは気が立ち、お互いに陣地を主張して争いはじめます。多分、クラスの体育に強い男子と、きゃぴきゃぴとした女子たちがつるんで、リーダー的な権力を振るい、バスケなどをして遊ぶとともに、用具室などの、居心地の良い場所を占領するでしょう。どちらかというとおとなしい男子たちと女子たちは、それぞれ独立を保ち、ステージ裏や、2階の通路などにそれぞれの居場所を作り、おしゃべりなどをしているでしょう。
しかし、だんだん寒さや飢えが厳しくなってくると、みんな遊んだりする元気が無くなってきて、最後には、全員が用具室で縮こまって、暖房にあたりながら、静かに最後の時を待つのではないでしょうか。
そこまで考えましたが、あまり考えても仕方がないので、もうやめることにします。
でも、もし本当に死んでしまうのだとしたら、やっぱりぼくは、好きな女子と一緒にすごいしたいなと思います。みんな、そう思うのではないでしょうか。そんなこともないのかな。
まあいいや。
おわり。
2016年1月31日日曜日
2016年1月31日 雪に仰向けになる
学校の冬の水道の水はすごく冷たいです。ちょっと水に触れるだけで、手が冷えて真っ赤になります。その、ものすごく冷えた手を自分の服の中に突っ込むと、自分の体なのに手がほかの人のものみたいに冷たく感じられます。またその手のほうは、じわーっと血が上ってくるみたいにあったかくなるような感じがして、面白いのでよくやります。
最近はよく雪が降ります。「今年は暖冬だから全然雪降らないかもね」とお父さんは言っていましたが、ちゃんと降ったので安心しました。雪が降ると、ぼくのお父さんは時々外に出て、雪かきをします。うちの前の道は日陰になっていて、積もった時にちゃんと寄せておかないと、すぐに踏み固められて凍ってしまい、車を出す時とか、歩いて家に入る時に大変なのです。
土曜日の昨日は、午後に家でボケッとWiiU(スプラトゥーンを一人でやります。ときどき弟と対戦します)をしていると、お母さんに「暇だったら雪かきしてよ」と言われて、ちりとりの大きくなったような道具を渡されました。ぼくは「めんどくさいなあ」と言いながら、寒かったので、フリースを着て、 手ぶくろ(毛糸のもの)をはめて、外に出ました。
家の外では、大粒の雪がまだどんどん降っていました。雪は15センチくらい積もっていました。外は、なんとも言えない、アスファルトの冷えたようなにおいがしました。外の道路は、車の出入りはほとんどありません。家の中から、外の道路へ抜ける道に、足あとが何列かついています。たぶん、お母さんがつけたんだろうなと思いました。外の道路は、車のタイヤのあとはいくつかありますが、その茶色いあとの上にも、薄く雪が積もっていました。
ぼくはまず、家の玄関から、外の道路までの道をつくりました。家から道路までは5メートルくらいあります。雪は重くて、キシキシと音を立てます。それを跳ね上げようとして上に持ち上げたら、雪は山なりに飛んで、ぼくの体にかかりました。それを振り落としながら、雪をはじによせていきます。
つけている手袋は毛糸のものなので、すぐに雪がとけてしみだしてきて、手はすぐに冷たくなります。また、靴の中にも雪が入り込んで、靴下はすぐにびしょぬれになります。道路に積もっている雪を全部かいてしまおうと思いましたが、何度か、その大きなちりとりみたいなものをソリのようにして道路のまわりの雪を分けていたら、すぐにつかれてしまい、それにこんなにたくさんの雪をぜんぶどかせるわけがないと思ったので、道路のみぞ(中はチョロチョロと水が流れています)に雪をつめたり、雪玉(玉というより、卵焼きみたいになります)を作ったりして遊びました。
そうしたら、外がだんだん暗くなってきました。また、手袋も濡れっぱなしで、手の感覚がなくなるくらい寒くなってきました。ぼくは、道路の真ん中に仰向けに寝転んで、空を見ました。空は暗くてくもっていて、大きな雪がその日の光をさえぎって、灰色になって自分の顔につもっていきます。ぼくは口を開けてその雪を食べながら、このままずっとこうしていたら、このまま自分は雪に埋まってしまうのかな、それとも顔の部分だけは暖かいから積もらないのかな、と考えました。
だんだん日が暮れてきたので、結局ぼくは雪から抜け出して、自分のいた場所が自分の大の字になっていることを確認してから、ちりとりみたいなものを家のドアの横に立てかけて、家の中に入りました。ぼくは洗面所でフリースを脱いで手袋と靴下を洗濯機に入れました。手と足は真っ赤になって、家の中が暖かいのでジンジンします。お湯をだして手を洗うと、手がまだ冷たいので、「あちっ」というほど、とても熱く感じました。
リビングでは、お母さんが夕食のしたくをしていました。「これ食べていいよ」と、バターロールの袋が置いてあったので、それを開けて食べていると、作業着姿のお父さんが帰ってきました。鼻を赤くして、メガネに水滴がついてくもっています「外の雪かきやったんだよ」というと、「えらいじゃん」と言っていました。ぼくはそのまま疲れてリビングに敷いてある布団で寝てしまい、7時過ぎくらいに起きて、テレビを見ながら家族でカレーを食べました。
つかれた1日でした。
おわり。
2016年1月17日日曜日
2016ねん1がつ17にち 青い鉢植えとカーキ色の鉢植え
最近はとても寒いです。いつのまにかお正月も過ぎ、3学期が始まりました。毎朝、まだ暗いうちに起き、電気のついているリビングで朝ごはんを食べます。服も、半そでではいられません。白シャツ、長そでTシャツ、フリースと3枚着込みます。お母さんが寒いからと買ったネックウォーマーを首に付けて、ランドセルを背負ってでかけます。
昔の小学生のランドセルは、男の子は黒、女の子は赤しかなかったそうです。でも、今の小学生は、みんなカラフルな色のランドセルです。ぼくは、黒のベースに青のストライプの入ったランドセルを背負っているし、ハシタカくんは、緑色のランドセルでした。いま、黒や赤単色のランドセルを背負っていたら、みんなから仲間はずれにされてしまいそうです。
色とりどりのランドセルを見ながら登校すると、1時間目の国語の授業で、タニシ先生がこんなことを言いだしました。「君たちは、『まえのほうがよかったなあ』と思うことがあると思います。たとえば君たちは、春に、鉢植えでアサガオを育てるよね。君たちが5年生の時まで、この小学校では、えーと、とある学玩メーカーの鉢植えを使っていました。あの空色のプラスチック製の鉢植えね。でも、今年からはマミヤの鉢植えに変わっちゃいました。カーキ色の鉢植えにね。あ、みんなカーキ色ってみんなわかる?なんだろうなあ、兵隊さんの服の色というか、みなさんのなかに、迷彩柄の服を着ている子はいないかな?そんな感じの色だよ」
結局、カーキ色がどんな色なのかはよくわかりませんでした。前の席の女の子は、タニシ先生のお話をむしして教科書になにか落書きをして遊んでいます。
「ま、先生はほかの先生とそれほど仲良くないから、鉢植えを、えーと」先生は指を折りながらつづけます。「だれが、いつ、どのようにして、決定しているのかは、知らないんだよね」
タニシ先生は他の先生と仲良くないなんて、なんで自分からそんなかわいそうなことを言うのだろうと思いました。というか、鉢植えのことなんて、べつにタニシ先生はいちいち気にしなくてもいいじゃないかとも思いました。
ところで、ぼくは、4年生の時に、生徒の間である噂が広まったことを思い出しました。アサガオの鉢植えの土の中に1円玉を入れると、お金のなる木が生えてくるというのです。実際に、当時の3年生が1円玉を家から10枚持ってきて土に埋め、マジックペンで大きく「お金のなる木」と書いたのです。その鉢植えは、なんだか神社のご神体のような扱いを受けて、まわりにお賽銭がいくらか散らばっていたみたいですが、結局ただのアサガオしか生えてこなかったそうです。
タニシ先生は続けます。「もしかしたら、君たちの中には、鉢植えの形が変わってしまったことに不満を覚える人がいるかもしれないんだよね。でもさ、マミヤ製のものに変わったのには理由があるのさ。マミヤは、みんなの使う教材一式を扱っていて、鉢植え、肥料入りの土、種をみんな用意しているんだよね。でも、SAMYO製の鉢植えだと、土や種は別に買わなきゃならないから、効率がわるい。価格もマミヤのが安いしね。だから、つまり、物事が変わるには変わるなりの理由があるし、あまり過去にとらわれちゃいけないってことさ」
タニシ先生の言いたいことはなんとなくわかったような気がします。でもぼくは、昔の鉢植えのほうが思い出が多いし、デザインが良いと思うので、好きだなと思います。でも、タニシ先生は、新しい方が好きなのかな?
まあいいや。
おわり。
2015年10月11日日曜日
2015ねん10がつ11にち 木村吉野ヶ里−生命の作り出す神秘に魅せられた生涯−
このまえ、ぼくは市民図書館に行って、ぼくの住んでいる地域の歴史の本を読みました。本といっても、全部で100ページくらいの薄い冊子です。戦前の風俗とか思い出、地元の名士などについてが、地元の有志の人たちによって記されているのです。
ぼくは、この本を学校の図書室でも見たことがあります。でも手に取って見たのは、実は今日が初めてだったのです。
ぼくの地元は、戦前に東京帝大で細菌学の研究をして、数々の業績を残したという学者を輩出しているらしいです。なまえは木村吉野ヶ里といいます。
木村吉野ヶ里と聞いて、ピンときました。確かこの学者さんは、ぼくの小学校の出身者なのです!総合の時間に先生が話していたことがありますね。
次に、図書館の本を検索する機械で「木村吉野ヶ里」と名前を入れてみると、3件の本がヒットしました。そのうちの2冊は木村さん本人の書いた本で、旧字体の小難しいタイトルでした。でも県内の別の図書館に収蔵されているみたいで、読めませんでした。
あとの1冊は、1997年にあるノンフィクション作家によって書かれた伝記の本で、「木村吉野ヶ里-生命の作り出す神秘に魅せられた生涯-」というタイトルでした。
本は全部で200pくらいのハードカバーの本で、後ろには¥1800と書かれていました。外観は、タイトルの字体とか使われている写真とかが、ちょっと古臭くて、図書館の本だから、光沢のないビニールで表紙がカバーされていました。中には、いろいろ面白いことが書かれていました。
木村吉野ヶ里さんは、旧制の第二高等学校を首席で卒業後、東京帝大の理学部へ進学、性格はひとりよがりでワガママ、頭の良いことを鼻にかけ、他人を見下し、女の人が三度のメシより大好きだったけど残念ながらモテなかったので、好きだった女の人をストーカーしたりして、人間関係はかなり大変 だったらしいです。
でもまごうことなき秀才であることには違いなく、博士課程まで進学、専門は細菌の作り出す抗生物質についてだったそうです。その後30年間にわたり東京帝大で教授をつとめました。おもな業績として、東アジアに広く流行していた、とある寄生虫の引き起こす病気に対する抗生物質の発見があげられます。
その一方、特にその後半生において、私生活は乱れ、65歳の退官の前々日にテクノブレイクで死んでしまったそうです。
ともかく、彼の発見した数々の化合物が、東アジア全般の多くの人たちを救ったことは間違いなく、きっと人格がもっとすぐれていれば、もっと有名になったんだと思います。でも、そんな完璧な人間なんて、世の中にそう多くはないですよ。だって、頭がよければ、やっぱり自慢したくなりますもんね。
次の日、小学校に行って、校長室の前を通りかかった時、木村さんの肖像写真が飾られているのを見つけました。白黒写真で、口ひげを蓄えた立派な顔をしています。やっぱり、偉い人なんだなと思いました。もしも、なんにも勉強ができなくて、性格だけそのままだったらただの嫌われ者だったと思うけど、木村さんはすごい業績をたくさん残したので、やっぱり偉いのです。
それとも、勉強がなんにもできなかったら、もっとみんなからの風当たりが強くなるから、性格も矯正されたのかな?そういう問題でもないのかな?
まあいいや。
おわり。
ぼくは、この本を学校の図書室でも見たことがあります。でも手に取って見たのは、実は今日が初めてだったのです。
ぼくの地元は、戦前に東京帝大で細菌学の研究をして、数々の業績を残したという学者を輩出しているらしいです。なまえは木村吉野ヶ里といいます。
木村吉野ヶ里と聞いて、ピンときました。確かこの学者さんは、ぼくの小学校の出身者なのです!総合の時間に先生が話していたことがありますね。
次に、図書館の本を検索する機械で「木村吉野ヶ里」と名前を入れてみると、3件の本がヒットしました。そのうちの2冊は木村さん本人の書いた本で、旧字体の小難しいタイトルでした。でも県内の別の図書館に収蔵されているみたいで、読めませんでした。
あとの1冊は、1997年にあるノンフィクション作家によって書かれた伝記の本で、「木村吉野ヶ里-生命の作り出す神秘に魅せられた生涯-」というタイトルでした。
本は全部で200pくらいのハードカバーの本で、後ろには¥1800と書かれていました。外観は、タイトルの字体とか使われている写真とかが、ちょっと古臭くて、図書館の本だから、光沢のないビニールで表紙がカバーされていました。中には、いろいろ面白いことが書かれていました。
木村吉野ヶ里さんは、旧制の第二高等学校を首席で卒業後、東京帝大の理学部へ進学、性格はひとりよがりでワガママ、頭の良いことを鼻にかけ、他人を見下し、女の人が三度のメシより大好きだったけど残念ながらモテなかったので、好きだった女の人をストーカーしたりして、人間関係はかなり大変 だったらしいです。
でもまごうことなき秀才であることには違いなく、博士課程まで進学、専門は細菌の作り出す抗生物質についてだったそうです。その後30年間にわたり東京帝大で教授をつとめました。おもな業績として、東アジアに広く流行していた、とある寄生虫の引き起こす病気に対する抗生物質の発見があげられます。
その一方、特にその後半生において、私生活は乱れ、65歳の退官の前々日にテクノブレイクで死んでしまったそうです。
ともかく、彼の発見した数々の化合物が、東アジア全般の多くの人たちを救ったことは間違いなく、きっと人格がもっとすぐれていれば、もっと有名になったんだと思います。でも、そんな完璧な人間なんて、世の中にそう多くはないですよ。だって、頭がよければ、やっぱり自慢したくなりますもんね。
次の日、小学校に行って、校長室の前を通りかかった時、木村さんの肖像写真が飾られているのを見つけました。白黒写真で、口ひげを蓄えた立派な顔をしています。やっぱり、偉い人なんだなと思いました。もしも、なんにも勉強ができなくて、性格だけそのままだったらただの嫌われ者だったと思うけど、木村さんはすごい業績をたくさん残したので、やっぱり偉いのです。
それとも、勉強がなんにもできなかったら、もっとみんなからの風当たりが強くなるから、性格も矯正されたのかな?そういう問題でもないのかな?
まあいいや。
おわり。
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