でも、ぼくは内心とてもうきうきしていて、広瀬川が氾濫したら楽しいだろうな、学校の体育館に避難したらみんなに会えて面白いだろうな、明日学校はきっと休校だろうな、うれしいなー、と考えていました。そう考えているうちに、だんだん眠くなって、けっきょく家で眠ってしまいました。
次の日おきるとすっかり晴れていました。6時頃に学校から連絡網が回ってきて、3時間目から授業があるよとお母さんが言ったので、なんだかがっかりしました。ニュースでは、茨城の常総市で鬼怒川の氾濫があったということばかりをやっていました。広瀬川はけっきょく、氾濫することはなかったみたいです。お父さんは、鈎取のほうで土砂崩れがあったみたいだと言っていました。
家から学校までは、歩いて10分くらいです。水たまりばっかりで、ぼくはみんなといっしょに道路を右往左往しながら歩きました。道は、どこかから流されてきた土砂でちょっと埃っぽかったです。道路の側溝の蓋から水が湧き出ているところもありました。途中、坂道の突き当たりのT字路の前を通った時に、水が川みたいに道路をチョロチョロと流れていて面白かったです。
学校につくと、みんな昨日の大雨の話題で持ちきりで、教室はざわざわしていました。さっきまで学校の体育館に家族で避難していたという女の子や、広瀬川の様子を見に川の近くまで行ったという男の子もいました。先生は、「みんな、昨日大丈夫でした?!ウン、みんな元気そうな顔してるね、安心安心。でもね、安否確認ではうちの学校みんな無事だったけどね、ウン、〇〇中で一人、ちょっと病院運ばれちゃった子がいるみたいなんだけど・・・」誰のことだろう、とぼくは思いました。「わたしも今日学校まで行くのに大変でねー、ウン、途中で土砂崩れあって通行止めになってたからね、迂回路が渋滞してて大変だったよ、ワハハ」と、先生はなぜかニコニコしながら話していました。
次の日は土曜日だったので、午後にくもんの教室に行くと、頭に包帯を巻いて、左腕にギプスをした満身創痍のハシタカくんがいました。みらい先生は採点机の前で足を組み、つまらなそうな顔をしてPCをいじっていました。ぼくは、きのう先生の言っていた、病院に運ばれた中学生というのは、ハシタカくんのことだったのか、と悟りました。
みらい先生は採点ペンを手の中でくるくる回しながら、「ハシタカくん、川に流されちゃったんだって。ねー」とハシタカくんにおおきく首をかしげてみせました。ハシタカくんはおませな感じで肩をすくめます。「××くんに話きかせてあげなよ」と先生がハシタカくんに話しかけます。ぼくは、先生がそういう態度で生徒に災難の話をけしかけるのは倫理的にどうなのだろう、と思いましたが、ぼくは真剣な眼差しでハシタカくんを眺めることにしました。
「右腕空いてるからさ、勉強はできちゃうんだよ、どうせ手首にヒビ入るなら右手がいいよな」とハシタカくんは右肩をグルグル回しながら話しだしました。「あの夜、オヤジがまだ仕事から帰ってきてなかったんだよ。ババアもテレビ見てるしさ。ちょっと川の様子見ようと思って、デジカメ持ってそのまま家飛び出したんだ。雨は思ったより強くなかった。広瀬川に行って自撮りして帰ろうと思って、橋の近くまで行ったらさ、すごい水なの。いつの野球とかサッカーとかしてるところ全部水没してて、『すげーっ』って思って。そんで『ちょっと泳げるかな』と思ったんだ」
「いや、思わないよ。ふつうは」とぼくはツッコミました。我ながらナイスな合いの手を入れたなと思ってみらい先生をチラッと見ましたが、先生はいつの間にか机にかじりついてPCで何かの作業をしていて、完全に外部とシャットアウトしている感じでした。
ハシタカくんはニヤリと笑って話をつづけました。「足の甲まで水に浸かって、靴もビショヌレになって。でも『あ、いけるわ』っつって先に進んだんだ。そんで膝くらいまで水が来た時に、遠くで『オオイッやめろッッ!!』ってよくわからん兄ちゃんがすげえ叫んできたんだよ。なんか緑のモヒカンでさ、上半身裸で下もブーメランパンツ一丁の、めっちゃ変態みたいな人だったんだけど。それで『やべっ』って思って陸上がろうとしたら、足にでかい木の漂流物か何がが『ガツッッ』って当たってさ。それで川の中でコケて、でかい波みたいなのが被さってきて、そのままよくわからなくなって、気がついたら病院にいた。生まれて初めて失神したわ。人間ってホントに失神するんだな。モヒカンが救急車呼んだり色々やってくれたらしいんだけど。一歩間違えてたら俺死んでたらしーよ」とハシタカくんはヘラヘラしながら言いました。
「ホントは『バカッ』って言ってハシタカくんをブッ叩きたいところだけどね」先生が突然口を開きました。「ハシタカくんはわたしの大切な生徒だからしな~い」ぼくも何か言ったほうがいいと思ったので「ハシタカくん、気をつけたほうがいいよ」と言いました。「おっす」とハシタカくんは右手をひらひらさせるだけでした。
ハシタカくんは左の頬っぺたのあたりも赤く腫れていて、そこを押さえながら「いってー」と言っていました。「そこも流されたときにできたの?」と聞くと、「オヤジにブン殴られた」と言っていました。「母親もなんか変に俺にやさしくなるしさ、オヤジはモヒカンにお礼言ってペコペコ頭下げてるし、おれ両親のあんな姿見たくないわ」とも言っていました。
ぼくは、親も悲しむから、ハシタカくんはもっと命は大切にしたほうがいいと思いました。
おわり。

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