2016年2月28日日曜日

2016年2月28日 ハシタカくんはYoutuber?!


くもんの教室の先輩で、同じ学区の中学校の1年生であるハシタカくんは、時々Youtubeに動画を投稿しているそうです。でもハシタカくんは、くもんの先生にはそのことをナイショにしているそうです。ぼくと二人きりになると、よく動画のことを話してくれます。 
 ハシタカくんはこのように言います。
「いま、学校で動画有名になっちゃってさ、ソフトテニス部の先輩にもめっちゃホメられてさ、今度俺のこと撮影してくれって頼まれてんだよ」
「僕もその動画見たいよ」
「いいからいいから、そんな見るもんじゃないし、恥ずかしいし」
 ハシタカくんは手をひらひらさせて、謙遜するように、いたずらっぽい笑顔を見せます。
 この前、4時前にくもんの教室に行ったら、ハシタカくんが教室の前で腕組みをして待ち構えていました。右手の人差し指にデジカメの紐をぶら下げています。「ちょっと動画撮るから、カメラマンしてくれない?」
 ぼくは、ハシタカくんに協力できるのが嬉しかったので、「いいよ」と言いました。ハシタカくんは「きみは素晴らしい」といって、ポケットから取り出したどんぐりガムを1つ僕にくれました。
 ハシタカくんは、ぼくを近所の公園に連れて行きました。それは、くもんの教室から30メートルくらいしか離れていない小さな公園で、Googleマップで調べると「ラムサール第三公園」という名前です。
 その公園では、一人の男子が、ブランコで立ちこぎをしていました。髪が長くて、目が隠れており、全身黒いジャージを着ていました。ハシタカくんが「うっす」というと、その男子も「おう」と言って、ブランコからジャンプして飛び出ました。
 その男子はそのまま、ブランコの周りを囲んでいる手すりにぶつかりました。「ゴン」と金属の震える音がしました。男子は右足のスネを押さえて地面にうずくまり、黙ってゴロゴロとのたうち回りました。
 ぼくは「あっ」と思いましたが、知り合いでもなんでもないので、どうしたらいいかわからず、ハシタカくんが呆然と目を見開いているのを眺めていました。ハシタカくんは「アクシデント、やばいやばい」と言って、「カタハシ大丈夫か」と男子に駆け寄りました。その男子はカタハシというようでした。
 カタハシくんは歯を食いしばって、「フー、フー」と息を漏らしていました。ちょっと涙を流しているようです。ハシタカくんは「やばい、骨が折れてる」と、顔面蒼白になりながらつぶやき、ぼくに「カメラ回して、カメラ」と言いました。ぼくは、カメラのカバーを取り外しましたが、録画の仕方がわかりません。
「録画ってどうすればいいの」
「ちょっと貸して」
 ハシタカくんはカメラをひったくって何かの操作をして、ぼくにそれを手渡しました。ぼくはカメラを構えました。RECボタンがONになっています。ハシタカくんがしゃべり始めました。
 「カタハシ大丈夫か、カタハシっ」
 カタハシくんのジャージは、公園の砂にまみれて茶色になっています。涙のあとに砂がついて、目のあたりは黒く汚れています。カタハシくんは声を絞り出すようにして、「まじちょっと待って……」とつぶやきました。
 ハシタカくんはカタハシくんのそばに片膝立ちしながら、「ちょっと今、えー、カタハシが負傷しました」と、カメラ目線で、リポーター口調に叫びます。ぼくはそれがおかしくて、つい「ぶっ」と吹き出してしまいました。
 「おいちょっとオマエ笑うなし」とハシタカくんはキレ始めました。「ごめん」とぼくは真面目な顔をしました。カタハシくんは相変わらず右足を押さえながら、「おい、ハシタカ、やめろって、カメラ止めて」と、余裕がなさそうにつぶやきます。
 ハシタカくんは「これスクープだから」と言って、「おい、カメラ止めるなよ」とぼくに叫びました。「おいっ、カタハシ大丈夫かっ」「いまそんな気分じゃないから」「傷見せてみろ」「やめてって、傷とかないから、打撲だから」「救急車、救急車」
 「だまれ」と言って、カタハシくんは横に寝転がりながら、ハシタカくんの左足を強く蹴りました。ハシタカくんは「痛った」と尻餅をつきました。
 「撮るなっつってんじゃん。オマエ人の気持ちわかんないわけ」とカタハシくんはハシタカくんをにらみました。ハシタカくんは「オマエの気持ちってなんだよ」と言って、コブシでカタハシくんの右スネを小突きました。
 「テメェこの野郎」ついにハシタカくんとカタハシくんは取っ組み合いのケンカを始めてしまいました。ぼくはやばいと思い、カメラを地面に置いて二人に駆け寄りました。
 二人は無言で取っ組み合い、お互いの顔に「ブーッ、ブーッ」と唾をかけあっていました。「汚いからやめて!」と僕は二人を引き離そうとしましたが、メガネにまで唾のかかってレンズを白くくもらせたハシタカくんは、「うるせえ」と僕にも唾を吐き掛けました。
 「うわっ」と言って、僕は公園の水道に顔を洗いに行きました。二人はケンカをやめ、二人で地面にあぐらをかきながら、お互いの顔は見ず、ハアハアと息を吐いていました。ハシタカくんは泣いているみたいで、鼻を真っ赤にして、鼻水をすすっていました。
 僕はくもんに行かなければならないことを思い出しました。カメラを地面から拾って電源を切り、ポケットに入れていたカバーに戻し、ハシタカくんに手渡そうとしました。でも、ハシタカくんは泣いているので、そのそばにカメラをそっと置きました。僕はそのまま教室に行きました。
 時間は4時すぎになっていました。みらい先生は答案の丸付けをしながら、「遅いね」と面白くもなさそうにつぶやきました。ぼくは「ごめんなさい」と頭を下げてから、ハシタカくんの名前を出すのはまずいかなと思ったので、「ちょっと友だちと遊んでて」と言いました。先生は「ふーん」と言いました。怒ってはいなさそうだったので、よかったと思いました。
 その日の6時前に、ハシタカくんがやってきました。みらい先生のくもんの教室は、3時から6時が幼稚園・小学生の時間、7時から10時が中高生の時間と決まっています。でも、ハシタカくんは早めに教室に来ることが多いのです。
 ハシタカくんは、服に少し土ぼこりが付いていましたが、ケロっとした顔をしていました。ぼくは、ハシタカくんにどんな顔を向ければいいかわかりませんでした。先生に答案を提出したあとに、ハシタカくんの座る席に言って、「大丈夫だった?」と小声で聞きました。ハシタカくんも小声で、「大丈夫、ありがと」と言って、右手でぼくの肩を叩きました。ハシタカくんは笑っていましたが、目はまだ赤らんでいるみたいで、かわいそうだなと思いました。 
 でも、あれからどうなるか気になったので「今度動画見せて」と言ってみました。ハシタカくんは「やだ」と言いました。「でもカメラマンしたじゃん」というと、「あとでどんぐりガム3個あげるから」と言うので、僕は「約束だよ」と言いました。
 でも、本当は動画を見てみたいなと思ったので、あとでYoutubeでハシタカくんの動画を探してみました。試しにハシタカくんの本名で検索をかけてみると、なんと、ハシタカくんの本名そのままのYoutubeアカウントを発見してしまいました!なんだか、見ちゃいけないものを見つけてしまった気になりました。
 ハシタカくんのアカウントには、10個くらいの動画がアップロードされていました。『【閲覧注意】カマキリのメスの腹を切り裂いてみた!【グロ注意】』(視聴回数314、高評価1、低評価2)とか『私の恋愛遍歴~小学校1年から小学校3年編』(視聴回数421、高評価3、低評価0、コメント3)、『「バケモノの子」感想【細田守はジブリ超え】』(サムネイル画像はバケモノの子パンフレット、視聴回数513、高評価3、低評価0、コメント数3)などがありました。アカウントのチャンネル登録者数は11でした。
 ハシタカくんは本当に動画をアップロードしているのです!しかも、視聴回数もかなりあるのです!なんだか、くもんの教室で見せるハシタカくんのイメージが崩れてしまうのが怖かったので、僕は動画は見ませんでしたし、ハシタカくんに話してしまうつもりもありませんが、ハシタカくんはすごいなと思いました。
 でも、今回撮影しようとしたビデオが何なのかは、よくわかりませんでした。ぼくが撮った動画も見つけられませんでした。もしかしたら、対談の形式で、恋愛遍歴の小学4年生~小学6年生編を作ろうとしていたのかもしれません。
 ハシタカくんには才能があるなと思いましたが、でも、同時になんか悔しいなと思い、胸が痛みました。

 まあいいや。


 おわり。
 

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